私とお相撲さんとのお付き合いは長いです。それがどうした〜!
と言わればそれまでですが、一人のお相撲さんのファンとして、
一人のちょっと頑固なお友達を紹介したいために作りました。

その中で琴龍 宏央関(本名 中野 克己)と出会いました。
ここでは、ほんちょっとですが彼を紹介したいと思います。




琴龍 宏央
(ことりゅう ひろお)

所属部屋 佐渡ヶ嶽
本名 中野 克巳
しこ名履歴 琴中野→琴龍
生年月日 昭和47年3月2日
出身地 兵庫県高砂市
身長 184.0cm
体重 146.0kg
生涯戦歴 515勝475敗66休(97場所)
幕内戦歴 249勝277敗51休(39場所)
十両優勝 1回
敢闘賞 1回
金星 3個
得意技 押し

親子三代の相撲一家。呼び出し琴二さんの紹介で入門。

早朝 4時に突然部屋に連れ込まれて四股を踏まされそのまま入門した。

柔軟性は見えないが、いかにも力がありそうな体つきである。

四つに組むと勝手が良いとはいえないが、自分充分の右上手からの攻めに

進境が見られ、自分同様にあまり大きくない相手や、大きくても充分に入った

場合、または得意の右前褌を十全に引きつけた場合は力で吊ったりすること

がある。

9年 9月には安芸ノ州を土俵に水平になるくらい大きく吊り上げて吊り出した。

相撲や土俵での動きを見ているといかにも気丈そうにみえるが、師匠に言わせ

ると「すぐ気が滅入ってしまう」のだそうだ。

敢闘賞を取ったその相撲振りを見る限り、そうとは思えないのだが。

辞めた浪之花に近いタイプの力士である。

10年 3月、二度目の上位挑戦も跳ね返されたが、貴ノ浪を吊り上げて驚か

せた。さらには右からの二枚蹴りで敷島を転がしてまた目を惹いた。

左四つ右上手から出し投げという流れに素晴らしいものがあり、先制の喉輪

にも力がある。

11年 1月には貴乃花を破った。インタビューでは放心状態になっていた。

11年後半は腰が悪くなったようで、幕内下位に下がって苦戦していたものの、

調子が戻って12年 1月には筆頭に昇進、武蔵丸を真っ向から攻め切り、

千代大海を頭突きで破って序盤に注目を集めたが、流石に家賃が高く負け越

した。けれどもそこそこの地力はついているようである。

7月初日に左膝を壊されたものの、強引に休まず 9勝、大怪我なのに休まないと

いうのは仮令残った結果が良かったとしても褒めてはいけないが、結果的に

執念で自己最高位を更新した。

ところが無理が祟った 9月は不調だった上に左肘まで壊され、14敗という屈辱

を味わった。

その後また上位に帰ったら、13年 3月魁皇に左肘をへし折られ遂に休場、

翌場所前には四股を踏み始めており、体の張りもあり、大した心配はあるまいが、

ここのところ大きな怪我が続いている。

復帰の 7月は勝ち越すまでに時間を要したが、それは相撲勘の問題で、

怪我で力が落ちてしまった

ということではなく、寧ろ復帰 2場所目に期待をかけることができよう。

(坪田 敦緒 氏書)


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